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テニスコートと田んぼ

20年ほど前にあった話。

冬の風がグラウンドを吹き始めたある日、
「こんなのが届いたんだけど、どうするかちょっと困ってる。」
テニス部顧問のHさんが休憩室で箱を出しました。
テニスボール1ダースが入った箱が二つ。
コートの隣の田んぼの農家が持ってきたとか。

事情はこんな話。

テニスの練習中にネットを越えたボールが隣の田んぼに入って、いつも迷惑をかけているなあ、と思っていた顧問氏が、秋の稲刈りの日、練習を休止して部員総出で稲刈りを手伝ったことがあったとか。
「いまどきの稲刈りって、機械でやってしまうから、手伝うことなんかなかったでしょ。」
「そうなんだよなあ。稲を運ぶくらいがせいぜい。実際は単に邪魔だったかも。」
だから、稲刈りのお礼に、と届いた新品ボールを前に考えているのです。
「せっかくだから、もらっておくしかないでしょ。あとは、練習中におじさんが見えたら、生徒にきちんとお礼をいわせる、とか。」
「なんだか、悪いことしたかもなあ。」

当時は、昔からの農家の人だから、迷惑なことでも、相手が善意でやってくれたことには、きちんと返礼をする習慣がある、と思っただけ。まあ田舎の共同体社会って、そんなもんだよ、と軽く思っていました。

私も同じような年齢になり、このおじさんがボールを持ってきた理由がちょっとわかる気がします。

コンバインで稲刈りをしているところに、いつも迷惑なテニス部の高校生が10人、20人来て、手伝いたいといってきた善意に応えただけじゃなかったかも、と。

もしかすると、機械化される前の稲刈りを思い出したかも。
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50年以上前は、農繁期休校という制度がありました。
田植えと稲刈りの時期は一家総出で農作業をする。子どももかり出されますから学校も一斉休校。
この制度、私の頃にはなくなっていましたが、それでも母の実家で田植え、稲刈りをするときには、嫁入り先からも動員されて、一族郎党集合して作業しました。姉妹が多かったので、小学生以下のいとこたちが20人近く集まったものです。
子どもは邪魔になるだけなので、田植えをしている横で水路のおたまじゃくしや小魚を網ですくったりして遊んでいました。午には畦道に腰をおろして、おにぎりをほおばり、自家製の煮つけや漬物を食べたりもして。のどが乾けば、冷たい井戸水をやかんから飲んだりしました。
子どもにとっては、お祭りと同じ。いや、おとなたちにとっても、大変だけれど、楽しい一日だったはずです。

このおじさんは、そんな頃の田植え、稲刈りをやった最後の世代。

コンバインがあれば、それほど人手はいらない。10人も高校生が来たら、有難迷惑、と思うのは、効率化した時代しか知らない人たちの気分。
このおじさんが、お礼しなくちゃ、と思いついたのは、若い人がワイワイ集まってくれて、昔ながらの稲刈りを思い出すことができたから、じゃないかと・・・・きっと。
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私がサルだった頃

アニメを見ながら50年前のことを思い出しました。

中学校の、ある時期、突然、クラスで胴上げが流行ったことがあります。たぶんプロ野球優勝シーンの影響。
誰を胴上げするかは、わからない。廊下に男がぞろぞろたむろして、突然誰かがターゲットになり、胴上げが始まるというだけの遊び。
クラスでいちばん小さかったM君を胴上げすると、軽い彼は天井にぶつかるほど。そこから、「やめろよー」という彼を胴上げすることが多くなりました。重いヤツを胴上げするのは疲れるだけで面白くもない。
あれはイジメだったなあ、と思います。いま思い出すくらいだから、どこかで後ろめたい気分があったはず。
そんな胴上げ大会の流行は1週間ほどで収束し、次は「玉つぶし」「唾のかけあい」「親の名前を呼び合う」といった遊びに移っていきました。

「玉つぶし」は、そっと近づいて男子の股間を殴るとか握るとかして逃げるという遊び。やられた方が悶絶して倒れるのを面白がるだけ。誰がやられるかは不明。
私も突然後ろから股間を蹴り上げられたり、つぶされたりしてその場にうずくまることがありました。
だから、授業が終わった途端に男子は走って壁際にはりつき、周囲からの襲撃に備えたものです。女子たちは壁際から押し出されて教室の真ん中。
後に「ゴルゴ30」を読んだ時に、彼が背後に人が入るのを極度に恐れたことに共感したものです。彼が「玉つぶし」を怖れていたわけでもないんでしょうけど。
あれ?女子でも一度くらいこれに参加したのがいたっけ。よほど面白そうだったんだろうねえ。
もちろん男子から非難されましたが。だって、彼女にはリスクがない。リスクを取らずにゲームに参加するのは汚いヤツのやることです。

「唾のかけあい」は文字通り。これも突然、唾を相手の顔に吐いて逃げるというだけの遊び。やられた方は水道に走って顔を洗うだけ。
ほとんど意味なし。ただ、相手が悔しがりながら水道に行くのが面白いだけ。
 バカでしょ。サルでしょ(サルに失礼)。

「親の名前を呼び合う」は、いまはちょっと理解不能かも。
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いま、こどもが生まれると「キラキラネーム」をつけるのが流行になっているとか笑いのタネにされたりしています。
90年代だったか、ヒマな研究者が女子の名前に「子」をつけない人が増加したという報告をしたことがありました。源氏名(なんて言ってももうわからないか)のような名前が急増しているとか。
それを高校種別に集めてみたら、進学校では「子」の比率がまだ高かった・・・・とか。
メディアの影響を強く受ける人とそうでもない人の名づけ方の違いというような分析をしていました。

でも、たぶん「子」がつく女子名が流行した時期が昭和時代にあったはずで、私たちの親世代はその前に生まれていたのです。
明治、大正の時期はまだ「子」はそれほど一般的でなく、「スエ」とか「トメ」とかの2文字名前が多かったようです。
昭和に入って、たぶん、皇族の結婚とか、有名人とかの名前に「子」が
使われているのを見て、大衆が憧れた時期があったのでしょう。「子」がつく名前が大流行した(男はどうだったんだろ?)。
すでに2文字名前だった人はそこに「子」を追加して通称とする(例えば「タキ」は「タキコ」にする)のもあったと記憶しています。

で、中学校のガキが「親の名前を呼び合う」遊びをしていたのは、それぞれの親たちの名前が(当時としては)奇妙で、オヤジの名前が「ヨシゾウ」だから「ヨシゾウ!」とアダ名代わり言っていたという話。そう呼ばれた方も「なんだ、スエ!」と言い返したりしていたのです。
当時としても、古くさい親の名前を言われるのは、ちょっと恥ずかしかったのを覚えています。でも「イチロー」とか「近代的」な名前は対象外になり、この遊びに参加できなかった。うれしいような残念なような微妙な感じだったはずです。逆にこっぱずかしい名前ほどからかわれて呼ばれることが多いわけで、どっちがよかったかな?

そんなサルどもの遊びに担任が怒ったことがありました。
手裏剣ごっこ。
グラウンド脇のコンクリート(戦争中に飛行場だったので、そんな場所が残っていた)に男子が集まって、誰かが持ってきた自転車のスポークをコンクリートで研いで手裏剣にするという遊び。
かなり危険な遊びですが、危ないだけに人に向かって投げヤツはいません。裏庭の樹木に狙いをつけて投げる、とか。

そんなオバカな男たちがアホなことをしているのを、女子たちはもちろん呆れてみていました。
少女フレンドやマーガレットの愛読者の彼女たちは、素敵なカレと恋愛するのが憧れだったろうに、目の前にいる男子たちは野蛮きわまるサルの群れですから、ねえ。

そんな女子たちが担任に手裏剣遊びを知らせたのか、すぐにバレて、ある日担任からこっぴどく叱られました。

ホームルームの時間、「こんなことをして、危ないと思わないのか!目にささったらつぶれてしまうんだぞ!」と説教。「やった生徒は立て!」と言われて、しょうがなく一人二人と立ったわけです。
結局、男子のあらかたが立ち、残っているのは日頃おとなしい2,3人だけ。
立ちあがった生徒に、担任教師は厳しい言葉で叱責しました。
が、その直後、
「○○、○△、△○、お前たちはやらなかったんだな。」
と言った後、
「お前たちは、もう少し元気に遊んだほうがイイ。他の男子は、ちゃんと声をかけて、仲間に入れてやれ。」
と不思議な説教をしました。
一瞬、アレ?と思いましたが、そうかもなあ、と思ったり。

親にバレたかどうかは覚えていません。家でこっぴどく怒られた記憶はありませんから、親への連絡はしなかったのかも。それとも、ガキはそんなもんだと親は思っていたのか。

いまでも、ゆるい雰囲気が残っている学校なら、こんな説教があるのかもしれませんね。
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