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1 年はじめ

年末年始には地元の友人たちと飲んだりしていました。
歳が近く、仕事をしているのもいたり、完全にリタイア生活しているのもいたり。
けっこうな老後ウォッチングができるのです。

仕事始めから職場に出たら、結婚したての30歳前後の同僚が数人来ていて、こちらは私の子どもと同じ世代。
年末年始の過ごし方を話していたら、それぞれの実家に行った、とのこと。
へえ、えらいねえ、といったら、え?という顔されました。
これから子どもができたりして、しばらくは年始には実家回りするという時期が続きそう。

私のところでも娘が生まれ、まだ小さかった頃にはそれぞれの実家に行ったりしましたっけ。
でも、子どもがそんな行事につきあってくれるのは小学校まで。年始はお年玉がありますから、高校くらいまではつきあってくれますが。
その後は、親だけが老親見舞いも兼ねて実家に行く程度。

最近はとんとご無沙汰。
というか、もう実家はありません。私の実家は3年前までに両親ともあの世に行って仕舞いました。妻の方も義父が亡くなって、義母は施設でお世話になっています。

60代なかばにさしかかり、歳からいえば、私の家が「実家」になるはず、というところですが。
地元の友人たちと飲みながら、互いに笑ってしまうのは、8人の男たちのうち、孫がいるのは1人もいないこと。
それ以前に、20代から30代の子どもが合計12人いて、結婚したのがひとりもいない。その気配もない。

「しょうがねえなあ、いまの若い奴は」と言いたいところですが、自分たちの若い頃をふりかえれば、とても言えません。
真面目に働いているだけでも立派なものです。

結婚するかしないかは本人のシュミ。さもなければ、なにかの間違い。

私のところは、カミさんがとんでもない勘違いをしていたか、気の迷いがあったとしか思えませんし。
40年近く一緒にいて、いまだに彼女が結婚してくれた理由が不明。怖くて聞けませんけど。
定年になった時には「定年離婚」を言い出されること、けっこうマジメに覚悟してましたし。

友人たちも似たり寄ったりですから、自分の子どもに、結婚しろ、結婚したほうがいい、なんてとても言えません。
黙って、なにかの間違いが起こるかと見てるだけ。仕事をしていれば、とりあえずは困ることなく生きられますし。

そんな老人たちですから、例年正月2日には、自分たちの実家が残っている人はそこに顔を出して、それ以外の連中は、恒例の駅伝を見ながら麻雀するというバチあたり。私のように、年末に残した自分の部屋の大掃除をしているのもいますが。
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麻雀グループは半荘4回もやれば疲れてしまう歳ですから、夕方には開いているファミレスに向かい、年始回り組や年始大掃除組(私しかいませんが)も合流して、新年会です。

これって、学生の頃の正月の過ごし方と大差ないなあ、と思い当たります。
違うのは、友人たちと遊ぶあいまに、家族で初詣に行ってくるくらい。ついでにカミさんと娘は地元のデパートを見たりしてますけど。でも、こんなことも「家族」の代わりに「カノジョ」にと書けば、学生の頃と大差ありません。

年始めって、これでいいのか?、とふと思いました。
しばらくは、このあたりのことを考えます。

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2 NHK「無縁死」をあらためて見ながら

2010年にNHKで放映された「無縁死」を授業の中で触れています。生徒の反応がいいので、番組を見せることも。
放映当時「ネット住人たち」からかなりの反響があったようですし、生徒もいつもよりの授業より真剣に見ています。自分の将来への不安を重ねあわせて見ているのかもしれません。

例年どおり、去年の秋に授業をやりながら、私自身がこれまではあまり気にならなかったところに、妙にひっかかりました。

番組に出てきたTさんのケース。

50代まで仕事中心の生活を続けてきたTさんが定年前に離婚。ひとり孤独に死にたくないと、50代で退職した後、老人施設に入って暮らしています。ひさしぶりに親の墓参りに行き、そこでつぶやく。

老人夫婦がいて、縁側で夫が吹く尺八を妻が聞いている。・・・・孫や子どもがいる、そんなあたりまえの暮らしがしたかった。

うめくように語ったTさんのシーンは、家族の縁を失い、孤独死になることを予感しながら老いを迎えた現代の男性の姿を浮かび上がられています。生徒たちもじっと見つめています。
DSCN0346.jpg

が、今回、ホントかな?と、疑い始めました。

最初に見たのは、私が60歳手前の定年間近の時期でした。私だって、こうなるかもなあ、と、生徒と同様に思ったり。
生徒といっしょに何度も見ているうちに、思ったことは
「そもそも無縁死って、そんなにマズイことなのか?孤独死って、死ぬ時に誰かがいるかいないかの違いだろ?」

18歳の夏に学生村で出会った金沢大学の学生が、酒を飲みながら
「末は枯野で野たれ死に」と言ったのを聴いて、それもアリなよな、とひどく共感していたんじゃなかったっけ?私は。

そして今回気づいたのは、「無縁死」そのものより、このTさんは、勘違いをしているんじゃないか?ということでした。
孫や子がいる老後生活が「あたりまえ」なのか?
それしか「幸せな老後」の形はないなのか?

子どもが結婚する気配もなく、正月に行く実家もなく、孫を連れて帰ってくる子夫婦もいない、「俺たちのガキの頃を思い出せば、いまどきの若い連中にとやかく言えないよなあ。」と、苦笑いしながら麻雀卓を囲む老人たちの正月は「あたりまえ」の老後風景ではないのか。
まあ、こんなのは、威張っていうほどのことではないな、とは薄々感じてますけど、ね。でも、だからって「孫や子に囲まれて」いない自分って、嘆くほどのことでもないだろな、と。

3 それぞれの老後?

生前の私の親たちは、末っ子の私が家を最後に出た1979年以後、ずっと二人暮らしでした。79年といえば父62歳、母56歳。
もっとも、私も兄も実家から2、3kmの範囲に住んでいましたから、一時流行った「スープの冷めない近距離」の関係ですが。少なくとも、「ちびまるこ」や「サザエさん」とか、古くは「七人の孫」(昭和時代の森繁久弥主演のドラマ)のようなものじゃありません。
7人の孫借用

その頃、盆暮れには兄も私も子連れで実家に行ったりしていました。
ある時、兄一家が1泊した翌日のこと、父が
「おい、今日は帰れ。疲れた。」と言ったとか。
兄は、せっかく行ったのに、と怒ってました。

「孫は来てよし、帰ってよし」

その20年後、それぞれの孫も仕事や大学に行って「独立」。結果、実家も私や兄のところも二人所帯ばかりになった時期が来て、なんとまあ不経済な、と思ったりもしましたが。

こんな老夫婦と子どもとの関係は、周囲をみれば、べつに珍しいことでもなんでもなく、カミさんのところも似たり寄ったり。
友人のカップルでも、老親と同居しているのは1割か2割。
結婚しなかった人も少なくありません。が、だからといって、それが変とも思いません。「あたりまえ」かと言われれば、さてねえ、とは思いますが。

でも、こういう生活感覚って、私(や友人)がヘンなのか?Tさんが憧れたような「孫や子に囲まれた老後」がフツウなのか?

4 統計より

この家族の形について、年末からデータを探しているうちに、こんなデータがみつかりました。
このグラフ、厚労省の配布物にありました。
「老人が子どもと同居するのが、あたりまえか」を考える資料です。
「グラフでみる世帯の状況~平成26年国民生活基礎調査(平成25年)の結果から~」(厚労省)に載っていたグラフ。
「家族形態別にみた65歳以上の者の構成割合の年次推移」。
ひとことでいえば、高齢者(65歳以上)がどんな家族の形で暮らしているかの(形態)別の割合が1980年から2013年の間に、どれだけ変化してきたか。

高齢者家族形態別年次推移
「グラフでみる世帯の状況~平成26年国民生活基礎調査(平成25年)の結果から~」より引用(一部追加)

注目するのは「子夫婦と同居」割合の変化。1980年に52.5%、高齢者が子ども夫婦と一緒に暮らす世帯が半数を超えていました。
その後、30年余すぎた2013年には13.9%まで割合が激減しています。
一方で同じ時期に「配偶者のいない子と同居」割合は16.5%から26.1%まで増加。このカテゴリーには「未婚の子、配偶者と死別・離別した子及び有配偶であるが、現在配偶者が世帯にいない子と同居している場合」(データの説明より)が含まれています。
つまり、高齢者が子と同居か別居かで大別すれば、1980年に全体の7割だったものが2013年に4割に減り、別居が3割弱から6割弱に増加という変化になります。が「子夫婦と同居」というTさんの思っていた「ふつう」だけが急減していることになります。
Tさんは、ないものねだりだったと言えます。そのことで悲嘆にくれていたのは勘違いだったのに、とちょっとツライところです。

ただし、この統計には「スープの冷めない距離」で子の世帯と近距離別居している高齢者世帯とか、何らかの事情で「世帯分離」しているというケースは計算に入っていません。
知る範囲でも、近距離で別世帯というのはよくあることですから、それほど「分離」が進んでいるわけでもないとも思います。とはいえ、趨勢としては、「子や孫と一緒に暮らす」ことは、例外的になりつつあるといえそうです。



5 世代同居にこだわったわけ

2010年過ぎには高齢者のいる世帯で3世代同居が2割以下になっていたのに、Tさん(や一部の政治家)が、なぜ「子や孫と一緒に暮らす」ことを「ふつう」とみているのか。

番組で紹介されたTさんの経歴、「東北地方の高校を出て大手銀行に採用」「50代半ばで退職」というあたりからみると、私とほぼ同じか、少し上の世代です。高度成長期に子どもから成人になった世代です。
その頃は、高齢者の過半数が子ども世帯と同居していましたから、家族についての精神的な風景はその時代のもの。この時期に作られた家族観がそのまま残っているというわけ。

ついでにいえば、ここ2、30年、プライバシーの意識がひろがりましたから、よほどのつきあいがなければ、他の家族がどんな構成になっているか、わからなくなっています。ですから、いったん作られた家族観は滅多なことでは修正されません。私だって、今回、このデータをみるまでは、高齢者の半分くらいは子夫婦と同居しているんだろう、と思ってましたから。

そんなわけで、5,6年まで、田舎で暮らす高齢の親を、都市に呼び寄せる話がけっこうありました。
最近は、あまり聞かなくなったのですが、どうなったんでしょうか。

実は、私も20年前に家を作る際、同じ市内にある実家の老親に
「一緒に暮らすなら部屋を作るけど」と持ちかけたことがありました。
「ありがたいが」とあっさり断られました。
そして「建築資金が足りないなら援助するぞ」とまで言われて、
「なに言ってんの?要らないよ。」と言い返しましたが。

あとで、援助をこっそりもらってパチンコ代にする手もあったなあ、と思いましたが。
やっぱり、私だって、私のような息子に同居するか?といわれたら即座に断りますし、ねえ。面倒がふえるだけですから。
「それにしても、○○さん(私の妻)は、エライと思うよ。よくまあお前のような男に我慢してくれている。頭が下がる。」
そこまで悪しざまにいうか?お前らの息子だろ、と思いましたが、べつに言われていることに間違いはありませんから、「カミさんにそう伝えておくよ。」といって退散しました。
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この時に、同居をもちかけたのは、単なる気の迷いか気まぐれのようなものですが、その裏には、私もTさんと同様「3世代同居がふつう」という感覚があったということでしょう。
ありがたいことに、老親の方がそれをうまくかわしてくれたというだけのこと。知恵があったんですね、彼らの方に。

「一緒に住まないか?」と声をかけられないのも、ちょっとサビシイけれど、同居してしまうと、しなくてもいい苦労を背負うことになる。ちょうどいいのは、高齢者が声をかけられて、それを断る、というあたりだとか。上野千鶴子の『おひとりさまの老後』にもありました。

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チョビ2

Author:チョビ2
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